ワザとではない? 《パクリ》

パクリ。他の作曲者が作った曲またはその一部を、自分で作ったかのように自分の曲にしてしまうこと。これは盗人と同じ行為だと思います。

日本では、過去に盗作疑惑として裁判沙汰になった例もありますが件数は少なく、楽曲の酷似に関しては、悪質でなければそこまで騒がないような感じを受けます。本当の盗作だったら盗作された作曲者にとっては由々しき事態ですが。

一方で、あの曲とあの曲が似ている!といった楽曲比較の動画が多数Youtubeにアップされていて、たまに見ることがありますが、私としては、ほとんどは意図的なものではないだろうと思っています。

私がナゼそう思うか…ですが、2つあります。

1つ目は、パクリで作曲する人は、パクリが常套手段になるだろうし、過去作品がパクリまみれになっているはずで、聴いている方も「こいつは…」と気付くのではないかという憶測です。

作曲の手法は人それぞれですが、故意にパクったということは自身のアイデアが枯渇したか他者のアイデアを渇望したかのどちらかだと思います。

この程度のモラルのレベルで楽曲表現をしようとするなら、楽することを追いかけて、パクリだらけの作品群が積み上がるのではないかと推測します。

2つ目は、本当の自然・天然で、たまたま似通ってしまうことが、どうしてもあるのではという経験に基づく推測です。

頭に浮かぶアイデアだったり、作業中の組み立てだったり、音にする際のイメージ像は、過去に聴いた曲で感じた“印象”(音譜そのものではなく)が突き上げてくるのではないかと思っています。

私は、全くの別人でも、この“印象”は同じものを共有できると思っていまして、同じイメージ像を感じているなら、どうしても、そこをコスろうとするので、カッコイイと思うものが似通っていれば、似通ったものが生まれてしまうのは致し方ないのではないかと思います。

これとは別に、音符そのものを再現してしまうこともあるでしょう。過去に耳に入った曲の断片が、何かのきっかけで表に出てきて、自分のアイデアであると信じたままリリースされてしまうとか。

曲名は伏せますが、J-POPで1988年10月21日にリリースされたシングルのサビと、1985年10月1日にリリースされたシングルのサビが、コード・メロディともにかなり似通っており、両方とも30万枚以上の販売を記録したヒット曲でしたが、私はこの1988年の曲をパクリではないな…と受け止めています。

私が思うには、意図的にパクることでしか曲を作れないような状態なら、「情念」や「衝動」といった第一歩の踏み出しが出来なくなるので、いずれ作曲を辞めて、他の割りの良い時間の使い方に移っていくのだろうなと思います。

ですので、意図的なパクリの曲は、お金稼ぎだけの目的でなければ、わざわざ増えていくものではないと考えています。

なので、逆を言えば、パクリなんかで我欲を満たさなければ、長く楽しく作曲を続けられる!ということではありませんかね。

それでも、もし誰かに、「オマエの曲、〇〇〇のパクリじゃん。」と言われることがあったら、「世界中のナンバー1ヒット曲パクリまくっても、世界一のヒット曲は作れないんだよ。つまんないから。」と返そうと思っていますが、世の中の流れが速すぎて次々と新曲が生まれる中、そんな心配はいらないようでした。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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