アニメの主題歌などの「アニソン」ですが、ここ最近は、ビッグネームのアーティストがオープニングやエンディングの楽曲を担当したりして、アニメ関連の楽曲がゴージャスになっていますね。
昭和~平成の始めは、TVドラマの主題歌がミリオンセラーになったりで勢いがありましたが、令和の昨今は映画かアニメ関連がゴージャスな気がします。
私の中にある「アニソン」は、ヒットチャートとは一線を画した独自の路線を突っ走る楽曲だったイメージですが、今やJ-POPの最先端はアニメにあり!ぐらいの勢いになってますね。
昔のアニソンだと、燃え盛るような歌い上げで、最後の1音をず~っと伸ばすのがそれっぽかったと記憶していますが、今はほとんど伸ばさず、伸ばしてもコードをチャカチャカ変えて聴き手を引き付けたままにするという印象があります。
私の狭い視聴範囲が理由かもしれませんが、アニソンという区切りがなくなってゆくのではないかと思えるほどです。
私は、よく地方局のラジオを聴くのですが、特にAM放送だと、昭和の香りの強い「こんな歌があったんだ」という曲が流れてきたりします。
始めて聴く曲は、すぐにメロディとコードに関心が行くのですが、昭和の歌はとにかくコード進行がまったりしていて、メロディも複雑でなく覚えやすいものが多いですね。
特に、サビの終わりなどは1音を長~く伸ばして、そこで美声を振り絞ってビブラートを披露するような、そんな展開が多いなと感じます。
この1音伸ばしですが、色々と昔の曲を聴いていると、時に「ちょっと気恥ずかしい」と感じる瞬間があります。1コードと1音で長く伸ばている曲を聴くと、なんかこうメロディかコードを照れ隠しのようにいじりたくなってしまう時があります。
昨今のチャカチャカ音像を変えている楽曲に耳が慣れているからかもしれませんが、単純明快なメロディをモットーとする私でも、なんかこういじりたくなるのです。
でも、ちょっと気づいたのは、私はあくまでもメロディ音符とコード和音だけをデータとして聴いているときに気恥ずかしくなるのであって、歌声そのものを聴いていなかったのではないかと。この歌の作曲者は、この歌手のビブラートを存分に披露させてあげたくて、あえて最後の1音を伸ばして作ったのではないかと。
確かに、昨今はDTMで曲全体(全パート)を作曲できますが、昭和当時は、作曲時点ではピアノかアコギ+歌1本という感じだったのでしょうし、この環境で情感を表現するには複雑なコードチェンジよりも歌唱力の引き出しが良いと狙いを定めていたのかもしれません。
モノは試しで、今度、2小節同じコードで1音伸ばしメロディの曲を作ってみましょうかね。自分が気恥ずかしくなるかどうか…時代を越えた音像でチャレンジをしてみようかなと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
