スリルとミラクルでやめられない 《作曲》

1曲作り終えて、ひと息おいて、また次の曲へ取り掛かったり、同時進行で数曲を行き来して触ってみたりと、なんだかんだで作曲を延々と続けています。

賢明な忠告者からすれば、無計画で無価値なことをいつまで続けているのだというお叱りを受けそうですが、やめたくないのでやめてないだけです。

私の経験では、誰か他人様に言われて始めたことというのは、自分の中で終着点をイメージしてしまい、やめることありきで、やめる瞬間をゴールに設定してしまいます。ゴールした時には解放感という報酬があります。

一方、作曲は、私の場合、誰に勧められたのでもなく、教わるでもなく、自然な形で何だか分からないけど強く惹かれるがままやっており、報酬は手掛けた作品の数々です。

自分なりに、作曲の魅力から離れられない理由を思い起こしてみましたが、「スリル」「ミラクル」の2つがあるからでしょうか。

…ということは、アトラクションに入るような「遊び感覚」を味わいたいという衝動だけだったのかもしれませんが、多分そうです。

「スリル」とは、自分の曲が誰かの曲のパクリになってないか…とか、作曲途中に時間をおいて聴き返すと違和感だらけの曲になっている…とか、以前記録したアイデアを聞き返しても何のメッセージかさっぱり分からないほど暗号化されている…とか、この先全くどうしていいか分からない暗闇に取り残される…など、お化け屋敷で経験するようなスリルがいつ何時襲うか分からない恐怖を味わえることです。

「ミラクル」とは、作曲途中でフレーズやセクションの一部を直しただけで曲全体の印象がガラッと変わってしまった…とか、コード進行を間違ってしまったら逆にカッコよくなった…とか、鍵盤入力で演奏をミスった音がずば抜けてカッコよくなってしまったゴールドフィンガーを体験したり…とか、初めて聴くプレイバックなのに妙な懐かしさに浸れた…など、予想外のサプライズを提供してくれる、サービス過剰なテーマパークのようです。

この「スリル」「ミラクル」は、学習によって得られる「知識」では味わえないもので、心を動かす作曲の面白味は「知識」の中にはないと思っています。

「知識」は、学習した積み上げがないと内容を味わえないですが、「スリル」「ミラクル」は意味が分かっていなくとも味わえる、心に直接語り掛けるメッセージなのだと思います。

このメッセージを発信している何者かがいるのですが、それが、心の奥底にいる無意識の自分自身なのではないかと感じています。

…だとすると、かなりの意地の悪さと過剰なサービス精神が混在しているようで、それが楽曲にも自ずと現れてくるのでしょう。

作る曲がそういう楽曲ならば、誰も近寄らず聴いてくれなかったとしても、何の不思議でもないので、再生回数などを気にすることなく、安心して取り組めるので、やめることは考えなくていいですね。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


error: Content is protected !!