見返りは必要ですか 《作曲》

私は、花が好きです。曲のタイトルに、よく花をイメージします。

人里離れた野に咲く花でも、誰が見ずとも手を抜かず全力で咲いて散ります。

それが花にとっては当たり前で、それが人の心を動かす美しさでもあると思います。有り余る美しさを誰にも褒められずとも、全力で咲いて散っていくのが花の美学なのでしょう。

自分で曲を作って、コンペに採用になったり、大勢の人に聴いてもらえれば、それは嬉しいことで、苦労した日々も報われるのでしょうが、この喜びと、作曲すること自体の喜びをごちゃ混ぜにしてしまっては、行く先を見失うのではないかと思っています。

褒められて得る喜びの糧は「減衰」していくので、また次を欲しがります。

一方、作曲自体の喜びの糧は「蓄積」するので、どこへも消えません。

私も、かつて自分が作曲した曲を周囲から驚かれ、褒めの言葉をモチベーションにしていた時期もありました。

次の曲を作る意欲の起爆剤にもなりましたが、それを何度か繰り返すうちに、だんだん、褒められようとしている曲を作ることの魅力が薄くなっていきました。

しかし、同時進行で、作曲をすること自体の喜びが蓄積されていたので、そっちの喜びを使って次の曲を作るようにシフトしていきました。

もし、あのまま、見返りを求めて、褒められようとするだけで曲を作り続けていたら、褒められない時が来ると同時に作曲活動を放棄していたのだろうと思います。

昭和の歌謡曲の歌手『都はるみ』さんは、数々のヒット曲を歌っていましたが、何かのインタビューで「ヒットなどの結果は後からついてくるのもの。最初から当てにしてはいない。ただ全力で歌うだけ。」という旨の話をしていたのを、ずっと憶えています。

歌手としての気概にあふれ、目指し見ている方角が「歌」だったからこそ、独自の歌唱力で人の心を惹きつけたのだろうと、改めて感心しています。

そういえば、『アンコ椿』という花があるのだろうと、ずっと思っていましたが、このネーミングは作詞家さんの造語だったみたいですね。ブラタモリでやっていました。語呂が良い言葉を作れるとは、さすが作詞家さんはスゴイです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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