私がDAW(Cubase)で曲を作り始めて、PCの内部だけで生楽器やシンセの音が自在に出せるようになった頃からは、ハードウェアの機材を大胆に処分して、相当身軽にしたものです。
シンセサイザーや音源、ドラムマシンにギターのエフェクターなど、PCで再現できるものを一気に処分して、プレイヤーからクリエイターへ完全移行しました。
それからは、しばらく、PCと入力用鍵盤、ギターだけのDTM環境で作曲を続けていたのですが、作業工程がしっくり来なかったり、想定外のプチエラーを吐き出すPCに、何となくの心細さから、最近になって中古の音源やシンセなどを物色し始めたのでした。
結局、中古でYAMAHAのDX7とTX1P(ピアノ音源)を揃えて、今は作業中の音程やコード確認用に使用しています。
PCのソフトシンセでピアノを鳴らしても良いのですが、すぐさま音が鳴る安堵感を求めて、ハードウェアをセットしました。
TX1Pは、内部の電解コンデンサ(電子部品)が液漏れしていて、寿命を越えていたため、自分でハンダ付けしながら交換して復活させましたが、その後はピンピン元気に稼働しています。
私の感覚ですが、昔の機材はひたすら重量があって、かなりの堅牢感があった気がします。内部は経年ダメージを受けて劣化しますが、メンテナンスを続ければ長く現役で活躍してくれる力強さがあると思います。
そんな、堅牢感のある機材をそばに置いておくことの安心感を、今更ながら求めている自分がいるのです。
このハードウェア機材たちは、たまにエラーを吐き出すPCに対する心の安定剤といったところでしょうか。
それでもPCは、あっという間に、いくつもの複雑なタスクをすんなり実行してしまうので、有難いといえば有難いのですが、あっけないというか、味気ないというか、その有能さに甘えてしまって、感謝を忘れる私自身を作ってしまっています。
その反動でしょうか、昔のハードウェアのように「私はピアノ系の音しか出せません。」といった不器用さに、思わず手を差し伸べたくなるような親近感を感じ始めるのです。
…もしかして、PCがたまに意味不明なエラーやメッセージを発するのは、私が感謝を忘れていたことに対するイラ立ちだったのかもしれません。
PCや機材に囲まれていると、PCやそれぞれの機材に、マッタリとした意識があるのではないかと感じることが多々あります。
やはり、ここは、PC感謝デーを作って、少し値の張る地ビールを、感謝の思いを込めて味わってみることにしましょう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
