コードのルート音(Amなら“A”)でメロディを伸ばすのは、昭和の応援歌みたいで、いまいちダサいという見解というか強迫観念のようなものがありますが、どうでしょうか。
例えば、サビ終わりで間奏に入る時、歌メロの最後を長く伸ばす時、間奏頭のコードがAmだったら、A(鍵盤ラ)で伸ばすのは、ダサいと。
なので、Amの時は、C(鍵盤ド)かE(鍵盤ミ)にしておきましょうということなのですが、これは、確かにその箇所だけを聴いただけでは、ひねりが無い感じになりますが、曲全体で位置づけをちゃんとすれば、意味あるメロディになると思います。
どういうことかというと、1回目のサビ終わりはルート音のままで聴かせておいて印象付けて、2回目のサビ終わりで転調を仕掛けると、ルート音のままで別のキーになった時に5度音や長7度音になって、「うっ」と言わせる罠(?)を仕掛けるようなこともできるのではないかと。
ただ、最近はあまりフルで曲を聴くことも少なくなっているので、自己満足といえば自己満足の範疇ではあります。
実は今、私は、ルート音がそのままメロディになるような曲を手掛けています。
他人がダサいということを真っ向からやってみようと、曲のところどころでルート音のまんま、ベース音程と同じ高さのメロディで作ってみています。
メロディというよりリズム…なのかもしれません。ラップの抑揚を抑えた版みたいな感じのボーカルイメージですね。
アレンジはこれからなのですが、ルート音のメロディだと、あんまり他の音を付け足さない方がかえって良いのかもです。ベースとユニゾンになる根っこの太いまま感を出せばOKでしょう。
曲の中では、前後に印象的なメロディのリフなどを入れてるので、「単純」な部分と「印象的」な部分のコントラストを出そうという魂胆です。
とりあえず、こんな感じで制作中です。
ルート音のメロディがダサいというのは、いつしか、私が目を通した作曲の教則本から得た情報なのですが、自分の頭で流れたアイデアが「これしかない」だったら、自分に素直に、他人の教えには耳を貸さず、作ってみているところです。
作曲とは、決まりごとがあるようで、従う理由はどこにもない、本当に自由なものですね。何が起きても自己責任ではありますが。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
