私は、曲を作っていて、「何か知らないけど、やたらスムーズに進むな」と思う時がありますが、その感覚を言葉で例えると『溶けた氷がテーブルの上を滑るみたい』と言えます。
さらに例えると、重い荷物を持たずに手ぶらで行く世界旅行のようです。私は世界旅行をしたことはありませんが…。
そんなに出くわす感覚ではないのですが、20曲に1曲くらい、こんな調子で作業が進むことがあります。
この、とても有難い“感覚”ですが、自分が持っている様々な技を駆使して、『力技』で曲を組み立てていく時には、この『滑る』感覚は、あまり生じません。
では、生じて来るのはどんな時かというと、「アイデアのワンフレーズ」が発端となって生じます。
頭に流れていた「アイデアのワンフレーズ」を、ラフ音源で鳴らした時、パーッと視界が広がって、次の展開はコレ、行きつく先はコレ…みたいに、次から次へと、予め決まっていたかのように曲全体が繋がっていくのです。
さすがに、1発目の案がそのままリリースまで行くことは無いのですが、それでも、パーッと繋がっていった時の感覚を消さないようにリメイクしていきます。
このように作る時は、結構、作曲が楽というか、あまり疲れが出ません。
ただ、一歩間違えると、単に自他の既存曲をまるごとそのまま追っかけていたということも、無きにしも非ずなので、その辺はチェックを欠かさないことが必要になります。(私はたまに、この追っかけ現象をやってしまってます。)
楽曲を作っている最中は、『力技』の時と『滑る』時との仕上がりの差が分からないのですが、時間を置いて、客観的に聴けるようになった時に、その差が分かります。
『力技』で作った曲は、その苦労の跡が分かり、まるで、騒がしい子犬たちを一斉に散歩に連れて行ったような気苦労が見て取れます。もちろん、曲として劣っているとかではなく、何とか人に聴いてもらおうとするサービス精神か目立ちたがり精神が表に出ているような、そういった志向の曲だということです。
一方『滑る』感覚で作った曲は、パッと聴いた感じシンプルでつまらなさそうなのですが、後々、繰り出される展開に「これしかない」の独自性があって、当初のシンプルな進行の意味がガーンと分かるというサプライズ的な感じです。どことなく、自信に満ち溢れている人がシンプルな普段の生活をしているという姿に似ているかもしれません。
どちらも、曲の作り方としてある話なので、色々なアプローチで作ると、その分、自作曲のライブラリーが華やかに彩られていくのだと思います。
私は、どちらかというと『滑る』感覚での作曲を楽しみたいですね。ただ単に楽をしたいのもあるかもですが、意外性や独自性というのは、曲を作る上でのモチベーションアップにもなって、また次も作りたいという気概の生み出しにもつながります。
『滑る』とは、世間的にはネガティブなイメージの使い方のほうが多いですが、点と点をつなぐような創作作業には、この『滑る』が持つスムーズさは、強い味方になると思うのです。
たまに、私が思いついた「ジョーク」を放った瞬間に、こちらを向いている人たちの表情と身体がフリーズするという『滑り』を幾度となく経験したことは、同時に自分がスムーズにフェードアウトさせてくれる空気を作ってくれた、強い味方の仕業だったのだなと思うことにしています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
