楽曲制作におけるMIXやマスタリングの話は虎の尾を踏むので、テクニック的な話には触れずに話を進めます。
私は、昭和時代のアナログレコードを少し所有していますが、昭和時代の歌モノ楽曲は、曲によって歌詞が聞き取れないくらいのボソボソボーカルが結構あったと思います。
特にアルバム収録曲など、ダイナミクスの大きさが極端な曲があって、歌い出しではボーカルが「シャ…ツ…デァ…ス」みたいに聴こえないほどの音量で始まり、ボリュームを上げて聴いていると、突然「ジャン!」と場面が変わってオケが鳴りだし、慌ててボリュームを絞るとか、そんなことをやっていた記憶があります。
今の配信時代に、このような大胆な音量差を持った曲には出会わない気がしますが、かつてのダイナミクスの大きい曲は、作者側の意図を表現したものだったはずです。歌詞の進行と曲の流れをマッチさせる、ひとつの手法だったと思います。
また、ステージでも、聴こえないくらいの囁きで視線を集めておいて、気付かぬ間に雪を降らせて、クライマックスの銀世界を表現する演出なども粋だと思います。
そういったボソボソボーカルを聴いてきた私からすると、2MIXでボーカルが聞き取りづらいとか、逆にデカいとか、あってもそれにNGを出すのはお門違いなことで、他人が作った曲に対して「こうすべきだ」などと他の楽曲での経験基準を当てはめて指示命令するのは、どんなものかなと感じています。そこは、楽曲を形にして残そうとした作者の意図がスタートラインにならないと、海の色を比べ合うようなものになってしまうのではと思います。
「歌が聴こえないじゃないか!」という苦情を出さぬようにボーカルのボリュームがガリっと上げられ、観客の機嫌を損ねないようにとオケを下げられ、作者の意図が埋もれていく時、作者は人知れずホロリと涙を見せるのでしょう。
そんな中、作者自身がMIXした音源は、不慣れはあっても間違いではないので、ポンコツMIXであってもツッコんで優越感に浸るようなことは、避けていただきたいと感じます。
作者目線でMIXについて言うと、例えばHiHatの音がキレイかどうかはそこそこの関心事であって、HiHatの音を入れるか抜くかが、生き死にを分ける関心事なのです。
もしや、スカスカボソボソの2MIXこそ、リファレンスを持たない作者が表現したかった世界かもしれません。万人に届くキレイな2MIXが、至極のリファレンスの後追いならば、作者の意図は必ずしも2MIXに反映されない可能性をはらんでいます。
とはいえ、誰しもキレイな音で自作曲を伝えたいという意思は共通していると思うので、もし、作者の頭の中で鳴っている音や理想の音と、自分でMIXした音との間に乖離があるなら、ネットなり、本なり、対処法を教えてくれる善き教授を探して、理想に近づければ良いと思います。
創作物の原作者の意向というのが、どこまで多くの人々に受け入れられるかという視点で作品を完成させることは、もっともだと思いますが、『なぜ、この曲が世に生まれ出たのか』の答えに忠実であってほしいと願うのでした。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
