音を記録して再生する機器は、およそ150年前にエジソンが発明した蓄音機が最初と言われています。
「フォノグラフ」と呼ばれるその機器は、レコード盤ではなく、オルゴールのような円筒形の記録器を使ったものだったそうです。
はたして、エジソンが、肉声などの「音」を残そうとしたのか、演奏された「音楽」を残そうとしたのか、両方なのか、私には分かりませんが、音楽再生の発明によって、私個人が受けた影響は計り知れず、もし音楽再生機器がこの世に無かったら、私は毎日朝から晩まで魚釣りをする悠々自適な人生だったことでしょう。
それはさておき、私がちょっと気になったのが、この、今や原音に忠実な記録を行い再生する「音源」と、録音再生される「創作物」とは、やっぱり別物だよなということです。
かつて、私が宅録をやっていた時、MTRでピンポン録音をしていた頃は、仕上がったカセットテープを「自分の作品」だと思っていました。
当時のワープロ打ちで作った歌詞カードは、マスターからコピーしたカセットテープを自作曲の完成品と位置付けて添付していました。
あくまでも、音楽再生できる音源の完成品を「自分の作品」と呼んでいたのです。
なので、音楽の著作権について理解しようとしたとき、このことが頭にこびりついていて、著作権と著作隣接権(原盤権)がごっちゃになって、頭の整理ができなかったのでした。
しかし、逆に、著作権の理解を進めることによって、音楽活動する上での役割のすみ分けが出来たように感じます。
「創作物」を作る自分と「音源」を作る自分は同一人物ですが、よく考えると、海洋で魚を追いかけて漁をする自分と、最新技術を備えた工場で缶詰めを作る自分とは、同じ自分でも、掛けるエネルギーの方向性は全く違うものになります。
どっちが上で、どっちが下とか言ってる場合ではなくて、それぞれが立派な作品として位置付けられていることが分かってきたところでした。
両方の自分に「お疲れ様~」なのです。
話は変わりますが、ヒットチャートとは、アナログレコードが出始めた1950年代から生まれたものとされているので、ヒット曲という定義は、まだ70年くらいの歴史しかないということになりますね。
人々が歌い踊った音楽の発祥が、何千年前なのかは分かりませんが、この悠久の音楽の歴史の中で、ごく最近始まったヒット曲の定義に、私の曲が含まれていなくても当然であり、なにも恥じることは無いのだという安心感を、この地球が与えてくれていることに、今日も感謝して朝陽を浴びたいと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
