百種百様 《楽曲紹介》

Musk5cc『F-side』に収録されている『百種百様』の歌詞に綴られた想いを紹介したいと思います。

歌詞のテーマは、『人間にとって“不安”とは』という、突拍子もない切り口です。

心の『不安』がもたらす影響は少なくありません。

『不安』が消えずにあるとき、多くの人は、この『不安』を解消しようと、行動の中での優先順位を上げると思います。

『不安』を解消する道筋が見えていて、「なんとかなるかも」と思えるうちは、自分で次の一手を試していけますが、自分ではどうしようもないところまで来ると、失望すら感じてしまうと思います。

『自分ではどうしようもない不安』。

これを持ち続けることとは、一体どんな意味があって、持ち続けるのでしょうか。

耐えられずに、他人に頼ることも考えますが、他人が自分以上の不安を抱えていることもあります。そこを無視して『不安』の丸投げをすると、様々な『〇〇ハラ』になってしまいます。

では、個人ではなく、宣伝までして、その『不安』を「おまかせください!」と言っている会社・事業者ならどうでしょう。

支払う対価が、相応の内容であれば良いのですが、ここぞとばかりに弱みに付け込んで『不安』をさらに煽るような商法が見えたら退散した方がよいでしょう。

また、あくまでも『他人事』を扱う商売なので、根本的な『不安』を取り除くことはできないはずです。

となると、心の安らぎを求めて、人智を越えた宗教的な道義に頼るか…ですが、これまた、弱みに付け込んで『不安』を煽って、長期間にわたり、組織の養分としてカモにされる可能性もあります。

結局のところ、自分の中の『不安』は、自分で何とかしろ…というのが、この心身を造り上げた設計者の見解のようです。

一見冷たい『何とかしろ』…なのですが、同時に『何とかなる』と言っている気もします。

私がこれまで生きてきて、人の行動パターンとは、快楽(安心)を求めて苦痛(不安)を避けることがベースになっていると感じます。

人とは、この程度の生き物なのです。

『嫌だな』とか『気持ちいい』を感じる『意識的』な領域では、根本的な『不安』を解消できる力など無いと思います。

ましてや、他人の『不安』を解消するなど、出来るわけがありません。

ただ、それは『意識的』な領域の話で、この心身を造って生かし続けている、自分にピッタリくっついている存在、『無意識』の領域では、見方が全然違うのではと。こんなに完璧な人体を生かし・作る力があるのなら、一抹の『不安』など屁でもない対象なはずです。

…と、ここまで、あてずっぽうな空想・想像ですが、そう思うことで、『何とかなる』と、自分に委ねることで『安心』がじわ~っと出てくるのは、事実ではあります。

ともあれ、作曲のような創作行為にとって、心に忍び寄る『不安』は大きな足かせになります。

『何とかなる』とは、無謀な受け止めのようですが、今現在から過去を振り返ると『何とかなってきた』のは、自分が何とかしたわけでもなく、不可思議が重なった結果だなと思う面もあって、実に奥深い旅をしているのだと感じるのでした。

難事を『何とかしてきた』のが、自分ではなかったとしたら…という仮説も、まんざら方便では無いような気さえします。

百種百様、様々なすべての人の生き様を何とかしている力の根源とは、何なんでしょうね…という投げかけでした。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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