音楽は、時間軸を彩る芸術と言えると思います。
時間軸は目に見えず、彩る音楽も目に見えませんが、明らかに『音楽』は存在し、それは心を動かし、複数の人々の心まで動かすことができます。
普段、『時間』というものを意識するのは、スケジュールとか、締め切りとか、人間が利便性を目的とした使い方で接することが多いと思います。
そこに『時間』自体に着目するという認識は、あまり無いと思います。
曲を作っていると、この限られた『時間』の中で、様々なアイデアのパーツを、どのように時間軸上に配分してバランスを取っていけば美しく、心が動かされるか…という目線で時間と向き合うことになります。
機械的な時計の針は関係なく、ひたすら、心がヨシという時間軸のポイントを探っていく作業が作曲だと思います。
なので、「気が付いたらもうこんな時間」とか「時間を忘れていた」という時間の使い方になり、今思えば、一番自分が望む形の時間の使い方だったなと思います。
高校時代に、楽器などの機材欲しさに様々なバイトをしましたが、単一作業のバイトほど時間の経過が遅くて「勤務終了まであと35分!」とか時間を逆算して捉えていたのを思い出します。
私は、キラキラした夢や希望の表現に否定的なタイプなのですが、「これを越えれば機材が手に入る。」と頭で夢を見ながらバイトで身体を動かしていた頃を思うと、その頃の思いが全て今につながっている気がして、どこか誇らしげになります。
あれから40年近い時間が流れているのですが、当時の自分の捉え方と今現在の捉え方は変化しているので、時間の意味付けなど後からいくらでも変わるものだと感じます。
なので、今の時間を「こりゃダメだね」とか「役に立たないわ」とか、勝手に慌てて意味付けしなくてもいい…というか、意味付けする必要自体が無いと思います。
そうすれば、少しはネガティブな気分に時間を費やすという、作曲上もったいないエネルギーの浪費も防げるのではないかと思うところです。
ネガティブを避けたとして良い曲が出来るかどうかは別の話なのですが、曲を生み出す心の状態が美しさを判断できないほどに崩れていくと、2MIXにバウンスした音源は、きっと精彩を欠き、次に作る意欲を消し去る原因となっていくことでしょう。
さて、この『時間』を積み上げるかのように、何かを延々と続けていくことは、予想以上のご褒美があるものと期待して良いと思います。単利でなく複利でカーブを描いて増えていく資産のようなものでしょう。
自分が「これぞ!作りたかった曲」というのが、作り続けていった先にやってくるご褒美だと思う瞬間があります。
DTMは、始めることは出来ても、いつしか途中で辞めていく人が多いのだと、色々なデータが物語っています。
DTMは、間違いなく一生続けられる遊びだと思うので、他人と比べず、休み休みでも寄り道しながらでも良いので、捨てずに続けて欲しいなと思います。
あと、初心者向けと称して、YouTube動画やSNSで自分の才能をひけらかすだけの動画や投稿があっても、変に落ち込まなくても良いのです。それは、お互いに他人事なので、自分と同一に考えたり、気にすること自体間違いなのです。
長く続けたところで出くわす、とんでもないご褒美は、動画やSNSでは紹介できないモノだと思いますので。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
