つまらなさの回避 《作曲》

DWANGO社の『楽曲収益化サービス』にて、5曲ずつアルバムとしてデジタル配信リリースする準備をしています。

Musk5cc『A-side』に引き続き、『B-side』の5曲を申請中です。

楽曲自体は、1年ほど前に完成していたものですが、デジタル配信申請にあたり、若干、音源を手直ししています。

MIXやアレンジに大きな変更はありませんが、高域ギラギラを抑えたりして、尖った部分にヤスリをかけるように、全体的に角を取って丸くしている感じです。

あとは、アルバムということで、曲間の時間を少々詰めたり伸ばしたりして、曲間にもこだわってみました。

1年前だと、気付かなかったアラが見えてきたりして、面白いのですが、初期バージョンを何十回も聴いて耳に馴染ませてしまったので、どのアラも、それほど違和感に感じないところが怖かったりします。

とはいえ、どのテイクも間違いではないので、どちらでもOKではあるのですが、気になると放っておけない気性なので、「このくらいかな」までは追い詰めるようにしています。

こういった形で、自身の過去作をブラッシュアップするというのは、これまで無かった経験なのですが、思ったよりも昔の曲に聴き入ってしまいますね。

作り終わった曲は、愛着はあるものの、何度も聴いて『飽きて』くるので、新鮮な感動とは無縁かと思いましたが、意外と入り込んで聴いてしまいます。

もちろん、音を聴くというより、制作の意図とか楽曲の立ち位置に耳が行くのですが、特に、ピュアな思いで仕上げた箇所は、何度聴いても心が反応します。

自画自賛というわけではないのですが、「よくこんなこと思いついたな…」と他人事みたいに感嘆してしまう部分もあります。

当然ながら、「もっと工夫がほしいかったかな?」という、手作り感あふれる箇所もあるのですが、よほどでない限り、当時のアイデアを残しておこうと思っています。

というのは、経験上、理屈どおりにチョコマカ直すより、アイデア時点のままで突っ走った方が、ナチュラルで存在感が際立ったりします

私の場合は、知識や理屈(音楽理論とはいいませんが…)での角度で手を加えていくと、ものすごく“つまらない”仕上がりになってしまうのです。

コードからすると構成音に含まれない不協和音が鳴っているはずなのに、一連のコードの流れにすると「アリ」だったりということもあるので、あまり『正解』にだけこだわりすぎると、どんどんつまらない響きになっていきます。

これが何を意味するのか、私には考えるための頭の余白がありませんが、とにかく「心が動くもの」を頭脳ではなく胸(ハート)で選んでいくことで、つまらなさを回避しているところです。

つまらなさを回避することも、長く作曲を続けられるコツになっていくのだという実感が湧いているのでした。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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