不満と愚痴と 《作曲》

日常生活で、不条理なことに出会うと、「なんで〇〇じゃないんだよ~もう!」みたいな愚痴が出てしまうことがあります。

自分が決めたものでないルールに乗っかろうとすれば、ズレが生じたときに「チェッ!」となるものです。

では、音楽制作ではどうでしょうか。

私の記憶では、自分の曲に対して愚痴をこぼしたことは皆無だと思います。

なぜでしょうか。それは恐らく自分以外には『委ねていない』からだと思います。

当たり前のことですが、自分の曲は自分でしか作れないので、自分が生み出したものに対して文句を言ったところで、自分で何とかするしかありません。

ツールとして使っている機材には、「そりゃないだろ」とかツッコむ時もあるのですが、後から調べると単なる自分の無知ゆえの思い込みだったりします。

機材へ尻たたきをしても曲が出来るわけではないのですが、自分で作りあげた機材ではないからなのか、「何だよ信じてたのに」という、『依存』が発端にあるのでしょう。

これが『曲』に対してとなると、なぜか不満や愚痴は出てこないんですね。「イマイチだな」というイメージから離れているときのモヤモヤはありますが、思ったと同時に音の中身をいじりだすので、愚痴まで到達しないのでしょう。

これまで、かれこれ、色々な方と接してきましたが、愚痴を言っている人は、時間を置いても同じ愚痴を繰り返しているんですよね。

自分自身の作曲経験から、勝手に当てはめると「それがあなたの限界なのかも」という、「自分で出来ることは無くなり、他に委ねる事しかない状態」だったのかと、今思えば、そうかもしれません。

作曲は、行き詰まりの繰り返しで、打破の答えを他人が持っているわけではないので、結局は自分で何とかしないと形になっていかないものです。堅苦しい話ではなく、ごく自然な前への進み方の振る舞いだと思います。

自分で何とかするやり方は、人それぞれで、経験の積み重ねから対処できたり、美味しいものを食べたり、大自然に触れたりと、全部ひっくるめて作曲作業だと思います。行きつく先が曲の完成なのであれば…ですが。

私の場合、安価で美味しいものに走る傾向が強いですが、それはそれで曲の完成につながれば、無駄ではなかった時間に置き換わります。

…しかし、もしこれが、曲をAI生成に委ねていた場合となると、どうなるのでしょうかね。

行きつくのは、クレジット課金で解決…なのでしょうかね。わかりませんが。 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


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