その昔、『裸の大将放浪記』という、山下清画伯をモデルにしたテレビドラマがありました。
子供の頃、芦屋雁之助さんバージョンのものを、何となく見ていた覚えがありますが、当時、歌番組とお笑いバラエティ番組が好きだった私には、あまり興味を惹く内容ではありませんでした。
しかし、今、この歳になって、この山下清画伯の生き様というのが、「クリエイターとしての究極の姿だよな…」と思うようになり、それからは、見る目が全く変わってしまいました。
テレビドラマの内容は、フィクションもあったようですが、ドラマの中では、山下清画伯は、全国をプラプラと放浪しながら、現地で出会った人に施してもらった大きなおむすびを抱え、世間常識に縛られるわけでもなく、ヒトやモノやカネに固執するわけでもなく、自分の目で見て感じた映像を、誰に頼まれたわけでもなく、作業に没頭し、ちぎり絵で表現して、何の賞賛も欲しがらず、他人の評価には全く耳を貸さないという、まさに、私が理想とするクリエイターの姿だったのです。
また、ドラマの中で、山下清画伯は、人と出会っても自分からは名乗らないので、一見、どんくさそうな人にしか見えないのですが、ちぎり絵の完成度の高さで周囲が「山下清画伯だ!」と気付くと、周囲の態度が一変するという、フィクションの脚本ではありますが、人間が持つ価値観の不安定さと、クリエイターの爆発力を、上手く表現していたなと思います。
もうひとつ、私が感服したのは、周囲の人たちは『出来上がったちぎり絵』に価値を見出しますが、山下清画伯自身は『ただ作ること』に没頭していたことですね。
実際には、全国各地で都度制作したのではなく、全国を回って目に焼き付けたものを、自宅や学園に戻ってからちぎり絵で表現していたということなので、内面から湧き出る情報やイメージを形に表していたのだと思います。
この、制作に没頭する姿勢に思いを馳せると、人目を気にしながら作る作品に、どれだけの価値があるものかと、しみじみ考えさせるのです。
明日は、少し大きめの塩にぎりで昼食にしようかと考えたところでした。
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