曲の断片のアイデアは、時と場所を選ばずに流れてきます。
「今はダメだって…」というシチュエーションの時を狙ってるのか、望まぬタイミングで流れて来る場合もあります。
しかし、過去に、アイデアを記録に残さずに忘れてしまって、悔しい想いをしたことが幾度もあったので、無茶をしてでも、スマホに残そうと試みるわけです。
街中の雑踏の中、スマホのボイスメモを使う時は、なるべく静かな場所を探して物陰に向かい、電話をしているフリで、「ワン・ツー・スリー・フォー」のカウントのあと、スマホの裏を指で叩いてリズムを取り、「♪ウニャハラハ~」とメロディの鼻歌もしくは歌声を録音します。
何も恥ずかしいことではないのに、なぜか人目を避けて、背中を向けてスマホを持つ様は、世間に聞かれてはマズいことをコソコソ通話している通行人へのカモフラージュに成功です。
人目を避けるのは、吹き込んでいる最中に誰かと目が合ったりしたら、メロディが飛んでしまうのではないかとの不安が先に立つためです。
そして、数年前からは、スマホで鍵盤演奏情報を記録する「MIDI Rec」へ打ち込むことが主流になったので、イヤフォンをしながら記録でき、雑踏の中だろうが、電車の中だろうが、全くタイミングを気にすることがなくなりました。
電車の中、イヤフォンをして、両手でスマホを指でタップする様は、よほどこだわりのあるスマホゲームを楽しみ切っている乗客へのカモフラージュに成功です。
そもそも、カモフラージュなどする必要はないのですが、ナゼか私は、曲のアイデアを記録している姿を、その通りに見られてしまうのが、何となく気恥ずかしいのです。気にしているのは私だけで、単なる自意識過剰だと思いますが、落ち着いてアイデアを記録するためには、カモフラージュがないと無理かもしれません。
気恥ずかしいというのは、「恥じている」わけではなく、ピュアな部分が晒されてしまうことへの羞恥心「恥じらい」だと思います。着替えを見られるとか、トイレを見られるとかといったニュアンスです。
確かに、私は、作曲の作業を他人に見られることに抵抗があるので、コライトは何としても避けたい理由も、ここにひとつあるのでしょう。
こうして改めて見つめなおすと、「そうなのか…」ですが、曲を作ろうとしている自分は、あくまでもピュアな自分なのですね。確かに、夜遅くまで曲作りをしていて、翌朝職場のオフィスで小難しい話をするのに、ギャップが胸を苦しめることもありました。
そうなると、ピュアじゃない状態で作曲したら、どんな曲が生み出されるのだろうか…などと思ってしまいますが、多分、それは「ありきたりの模造品」なのでしょう。
心は入れ替えず、晒しながら曲を作ることといたしましょう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
