歌モノを作曲するのに、コード進行は欠かせないものですが、時折SNSで複雑なコード進行を「コレ最高」とか紹介する方もいて、よくもまぁコードとは人を惹きつけるものだなと感心していたところです。
私が作る曲のコード進行は、シンプルなものが多く、たまに複雑なテンションが乗ったものも使いますが、どちらかというと、メロディラインでテンションになる音を聴かせて、コードはシンプルに…という作り方をしています。
最近の楽曲は、コード進行が凝りすぎてて、テンションコードぶっ続け、それも1拍おきとか、音の壁がグイグイ変動して眩暈がするような曲もありますが、歌メロと一緒にテンションも聴かせるというのが、真新しさを感じさせるポイントなのかもですね。
このやり方は、かつてのシティポップで散々「またかよ…」というくらい、イントロのエレピで聴いてきた気がしますが、先駆者が違うと言えば違うのでしょう。
話は変わって、私が曲でコードを付ける際、例えば『Am』にするか『Am7』にするか、はたまた『C/A』にするかは、あくまでも「メロディに従って!」という感じにしています。
プレイバックしてみて、メロディに耳を集中させて、バックに重なるコードの違いでどう感じ方が変わるか、その結果で選んでいます。
時と場合によって、コードがシンプルな方がいい時もあるし、ごちゃごちゃ複雑にした方がいい時もあるしと、これは、あくまでメロディを引き立たせるための作為なのです。
なので、冒頭の『複雑なコードを並べて悦に入る』感覚は、私にはちょっとルートが違うアプローチだなと思ってしまいます。
もちろん音楽は、せまっ苦しいものではないので、人それぞれ悦の入りかたが違って当然ですし、それだけ音楽には包容力があるというものです。
ただ、「どうだ、このコード進行はオレが見つけた、オレだけのものだぜぃ」的な主張はしない方が賢明だと思います。
複雑なコード進行も、無限ともいえる莫大なパターンの中のひとつではありますが、記号化出来る限り『元からあったもの』には変わりないので、その辺は慎ましくした方が、聴く人の心にキレイに響くと思います。
まぁ、キレイな音の響きの連続を、誰かに伝えたい気持ちは、分からなくもないのですけどね。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
