徐々にAI生成による楽曲のリリースが広まっている感がありますね。
予想よりも早いペースかもしれません。
AI生成であれば、音楽理論や鍛錬を抜きにして、「こんな感じ」というプロンプトを上手く表現できれば、イメージに近い楽曲ができるということですが、どうなんでしょう、そうなれば、楽曲の作者(?…プロンプトを書く人)がイメージするものとAI生成されるものとの差は、上級者になればなるほど「クオリティ」だけになるということでしょうかね。
別にそれはそれで面白い結果なので、楽しんでしまえば良いのですが、私が思うに、AIには、その「楽しむ」という娯楽感すらガチガチの理屈で作ってきそうで、オーダーに応えるのはピカイチでも、プロンプトを打っている人を楽しませようとする目的は持ち合わせていないのではないかと思います。
なので、プロンプトを打つ人は、意外すぎるほどの強靭なメンタル(楽しむこと)と自由自在にプロンプトを扱える技量が無いと、「やっぱ、つまんね~」と、義務的業務でない限りは、早かれ遅かれ投げ出すことになるのではないかと、勝手に想像します。
ただ、プロンプトの技量といっても、あまりに細微でノートの1音1音を定めるようなものだと「単なるDTMじゃん」になるので、大雑把で抽象的な指示を期待以上の形にして返してくれるという流れから外れると、存続が難しいかもですね。
また、音楽を聴くことというのは、心のどこかしらに快感や情感をもたらすものと私は考えています。
しかしながら、AIには「ココをこうすれば楽しい、気持ちいい」という、自身の『快感』の経験はないと思うので、あくまでも「人間は、ココを抑えると快感を覚えいた」という過去データからの検索を、プロンプトを元に寄せ集めてくると思います。
音楽を聴いて得る快感を、作者がプロンプトで表現するには、優れた語彙力が求められるのでしょうが、それでも、次から次へと、何百・何千とは続けられないのではと、実際の楽曲数に匹敵するほどバリエーションは多くないのではと思います。
そうすれば、自ずと、AI生成の楽曲は、快感や情感を与えることよりも、完成されていることを主張してくるのではないかと想像しています。
ただ、そうなっても、『時代の流れ』なので、悲観するでもなく、批判するでもなく、淡々と自分の楽曲を、それぞれがそれぞれの手法で生み出すだけであって、この『生み出し方』の議論は創作時間の損失になることを、クリエイターなら実感するのではと思います。
AI生成は、完成品の連続ですが、生身の人間(私の場合)は、試行錯誤の連続なので、私の曲をAIには再現できないという状態が、本音を言えば、私には鼻高々な状態ではあります。
とはいえ、私が数日かけて作る楽曲を、あっさり数秒で仕上げてしまうのがAIってヤツなんですけどね。そういう意味で、自分の心が折れないように強靭なメンタルにしていかなければならないということが分かりました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
